ドイツに住み始めて十数年 になる。早いものだ。
初めのうちは、本当に言葉にも苦労したし、習慣の違いにも大いに驚かされた。
ここに来て2年くらいして、とある会社で働き始めた。
小さな会社だけれど、ドイツ語があまりできない私にもみんな親切で、何かと助けられた。
特に、イタリアのシチリア出身というカメラマンの女性は、仕事の相棒だったこともあって、私のへたなドイツ語にも耳を傾けてくれたし、様々な相談にものってくれた。
とっても美人でスタイル抜群の彼女は、ドイツで小さい頃育ったせいで、ドイツ語もまるでドイツ人のようにうまかった。さらに、イタリア人気質の明るさも持ち合わせていたので、どこに撮影に出かけても本当に人気者だった。
私が撮影内容を決め、彼女が写真を撮る、というコンビだったけれど、初めのうち、私は彼女に圧倒されてばかりで、アシスタント以下の働きしかできず、彼女が明るく振る舞えば振る舞うほど、私はなんだか卑屈になるような気がしていた。彼女のことは、とても好きだったのだけれど。。。
コンビを組んで2年目。会社で仕事をしていると、彼女からメールが来た。普段は、常に一緒に行動しているので、メールのやり取りをしたこともなかった。2年目にして初めて彼女からのメール。
そのメールを読んで私は椅子から落っこちそうになった。
あれほどペラペラにドイツ語を操る彼女のメールは、誤字、脱字、そして文法がまるでなっていないドイツ語だった。
その頃の私は、元々シャイな性格だし、喋りは一向に上手くならないけれど、計画書やら、メールやら、なんだかややこしいことをいっぱい書かされたおかげで、書くことだけは 社内でもまあまあの及第点をもらうようになっていたせいか、彼女のメールは衝撃すぎた。
彼女は、小さい時にドイツで暮らしたことで、ドイツ語を話すことはしっかりと覚えたけれど、学校に上がる時点でイタリアに戻ったので、書いたり、読んだりすることが満足にできない、ということをこの時初めて知ったのだった。
完璧な彼女でなかったことで、私はやっと彼女の前で同等に振る舞え、笑い合い、時に言い争うこともできるようになった。
誰もいない週末の会社で、次々にやってくる計画書と泣きながら奮闘したこと、お手本メールをコピーしていたのが見つかって、「自分の言葉できちんとしたメールを書け!」と叱られて、たった数行のメールに一時間もかけたこと。。。
自分の机にしがみついてがんばったあの頃が懐かしい。
自分の机というのは、いまやコンピュータに大半を陣取られてしまった感はあるけれど、それでも小さな自分の世界だ。
時に机に突っ伏して泣き、のけぞって笑う。
人生の一部始終を黙って見てくれている。
だからこそ、机の上には上質で気に入った物を並べておきたい、と思う。
ベイクライトのペン置き、状差、メモ用紙入れ。
アールデコ。簡素であるけれど、男性的なシャープさと主張を忘れないところが良い。
また、ベイクライトの色味は温かみと深みがあって、まさに私の好み。
ペン皿 (1940~1950)
ベイクライト
h2,5 x w24,5 x d11,5 cm
レターラック
ベイクライト、真鍮
h10,5 x w15,5 x d9,5 cm
メモボックス
ベイクライト
h2,5 x w11,5 x d9,5 cm
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