どうもアメリカの明るさというか簡単に「ハーイ!」と昔からの友人のような親密感についていけない。

といって、私が何度もアメリカを訪れているかというと、そうではない。たった一度、それもマイアミにしか行ったことがない。明るく暖かいマイアミだから余計に感じたのだろうし、そう簡単に決めつけるのは良くないとも思っている。

いろんな問題を抱えている国ではあるが、表面的にはいつも明るさと開放的な雰囲気を醸し出すアメリカ。

いろんな問題を抱えている国ではあるが、表面的にはいつも明るさと開放的な雰囲気を醸し出すアメリカ。

この抜けるような青空もドイツにはない。

この抜けるような青空もドイツにはない。

しかし、私はアメリカ製の物にもあまり愛着が湧かないので、今まで敬遠をしてきた。日本はアメリカと親密な関係にあることから、日々のニュース、映画、文化などなど溢れるほどアメリカの事象や物が入ってくる。日本に住む私の母など、外国人といえば、アメリカ人、と思っているほどだ。

ドイツでは、日本ほどアメリカナイズはされていないが、それでもテレビをつけると本当にアメリカのシリーズ物をたくさん放映しているし、映画館では本当にたくさんのアメリカ映画を上映している。

 

映画といえば、私がこちらに来て2年くらいたった頃、ドイツ映画を見に出かけた。もちろん映画の内容が全て理解できるとは思わなかったが、まあ、映像を追っていけば、なんとかあらすじくらいはわかるだろうと、タカをくくっていた。

“Sophie Scholl – The final days”というナチスに抵抗をし、最後まで自分の考えを胸を張って主張した女学生、Sophie Schollの話だったが、ほとんどの場面が、取調室での会話だった。全く動きがなく、顔の表情や取り調べ人のいじわるな目つきから、厳しい場面なんだなぁ、くらいにしかわからないのである。映画が佳境を迎えると、隣で見ていた私の相方は涙を袖で拭いても拭いても拭えきれないほど泣いている。その隣の私は、相方の涙で涙が誘われる、というなんとも情けない映画鑑賞だった。

 

アメリカ製のBostonの鉛筆削り。輝くクロームやコロンとした形がアメリカっぽい。1950年代の品だ。8つのいろんな太さの鉛筆に対応する親切さ。ドイツ製の重くてどっしりとした感じとはやはり違う。国が違えば、こうも製品も違ってくるのか、と感心してしまう。アメリカ製の物はあまり私の好みではないと書いたが、このBostonの鉛筆削りは、どこか古き良きアメリカの雰囲気を漂わせていて、なぜかしら惹かれる。

鉛筆削り(Boston)

1950年代

金属

h10 × w6.5 × d12cm

ピカピカと美しく輝く胴体とコロンとしたフォームが古き良きアメリカを感じる。

ピカピカと美しく輝く胴体とコロンとしたフォームが古き良きアメリカを感じる。

後部の落ち着いたグレーの色とハンドルも美しい、

後部の落ち着いたグレーの色とハンドルも美しい、

8つのいろんな太さの鉛筆を削ることができる。

8つのいろんな太さの鉛筆を削ることができる。

 

アメリカの顔を持つ、鉛筆削り。

アメリカの顔を持つ、鉛筆削り。