この時期は私の生活の中で、一番忙しいような気がする。
先々週から今日まで週末返上で働きづめだった。日本の方々にすれば、そのくらいのことでごちゃごちゃ言うんじゃない、と叱られそうだが、残業なし、休暇は目一杯取るこちらでは、週末返上なんて「えっぇぇ〜〜!!!」というほど、もってのほかだ。
仕事が忙しいのは、暇でしょうがいないよりずっと良いことなのだし、もともと仕事が好きなのだから、超過勤務もどぉ〜んと来い!と私は思っていた。
しかし、そう思ったのは、私の頭で、身体のほうは、そうではなかったらしい。疲れが身体のいろんなところに出て、「休め!休め!」のサインをピカピカと発信し始めたのだ。
こんな経験はないだろうか。
子供の頃走り回るなんてことは、息をするくらい当たり前のことだった。もちろん、長距離を走ったり、全速力を出せば、息がきれるのだが、走る、という行為に本当になんのためらいも不自然さもなかったはずだ。
大人になってしばらく経つと、走り回る、ということ自体なくなってしまう。しかし、何かの拍子に走り出すと、足がもつれるような変な感覚を感じる。頭で考えていた、自分の走りと、現実の足の動きが全く一致していない、気持ちだけがはやってしまって、つんのめりそうになる。こんなはずじゃなかったのに。。。という経験だ。
今回、私は走り回ったわけでもなく、額に汗する重労働を行ったわけでもない。ただただ、週末を返上して、大変多くの人と話をし、彼らの話や要求を聴くことに集中しただけだ。なんということはない、と思うが、身体の方は悲鳴をあげていたらしい。
朝起きると、どうも変な感じがした。どこがどう変なのか、寝起きの朦朧とした私には理解できなかったが、変だ。
鏡を見て、びっくりした。顔の右半分がぷっくりと腫れている。目尻のしわも伸びきるほど。シワがなくなってくれるのは大歓迎だけれど、鏡の中の私は、私ではない。指で頰を押すと、指の形にへこみができる。。。
さて、原因は、と考えても思いつかない。
少々おかしな顔だが、じっくりと顔を覗き込まなければわからない、とタカをくくってその日も仕事をした。夜は夜で接待もあり、帰宅したのは午前様だった。
次の日、顔の腫れは少々収まったが、今度は口元にヘルペスができた。
ここまで来て、やっと「私は疲れているんだ!」と納得。
私の年齢をここには記さないが、働き盛りに位置する年齢だ。でも、身体は確実に老いに向かっている。頭の中で考えている自分と、肉体としての自分がまだうまく折り合いをつけていないのだろう。自分の身体と上手につきあうことを考えなくてはならない、というのは、こういうことだったのか、と今更ながら分かった気がした。
今日紹介するのは、Kienzle社の目覚まし時計。
1822年にシュベニンゲンでヨハネス・シュレンカー(Johannes Schlenker)がドイツで時計工場を設立したのが、Kienzle社の始まりになる。
ヤコブ・キンツレー(Jakob Kienzle)が24歳の時にシュレンカー家の娘と結婚し、ヨハネスの孫であるカール・シュレンカー(Karl Schlenker)と共にS&K社(Schlenker & KIENZLE / シュレンカー&キンツレー)を共同設立した。のちにキンツレーが単独で事業を行うようになり、Kienzleの名が社名となった。堅牢な作りと正確さが売りの時計は、時代が経た今でも、確実に時を刻むことで知られる。
大変美しい茶色で塗装がされ、裏面はクローム。ほぼ新品同様の目覚まし時計は、時もまた正確に刻む。ゼンマイをきりきりっと回すと、自分までエネルギーが注ぎ込まれたような気がしてくる。
私のエネルギーが切れかかったら、パートナーに叱咤激励ではなく、優しいいたわりの言葉と共に、私の身体のどこかにあるゼンマイを巻いて欲しいなぁ。非現実的な妄想でしかないけれど。。。

















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