私は、こちらに住んでいる日本人とのつきあいがあまりない。
別に意図してそうしているわけではないが、パートナーが日本語を話せないこともあって、どうしても付き合いはドイツ人の方が圧倒的に多い。
そのドイツ人の友人関係には、二通りある。
一つ目は、私が自ら作った友人。趣味嗜好が似ている分、彼ら、彼女らと話をするのはとても楽しい。みんなそれぞれ仕事をしているので、たまにしか会う機会がないのがとても残念だ。
もう一つの友人関係は、パートナーの友人たちとの関係。プライヴェートでは彼と出かけることが多いため、どうしても彼の友人たちともなんとなく親しくなっていく。
しかし、一旦話が深くなっていくと、私はどうしても蚊帳の外だ。私がパートナーと知り合う前からの友人なのだから、仕方ないとは思うが、ちょっと寂しい。
昨日は、そのパートナーの友人たちと映画に出かけた。映画が終わってから、一緒に食事をしたりするのもまたお楽しみだ。
はじめのうちは、映画の話で盛り上がったり、またやはりたまにしか会えないこともあって、近況報告をしたり、彼らの動向を聴くのも面白く、話は弾む。
しかし、お酒も入って、だんだん時間がたってくると、どうしても昔話になる、あるいは、「あの彼は、今どうしている?」、「彼女は誰彼と結婚した。。。」という話に移っていくのだ。
「この間、カロリーネに久しぶりに会ったんだ!」
「え〜っ!元気だった?今彼女なにしてるの?」
。。。。
こうなると、私には出る幕もない。
ただただ座って氷が溶けて薄くなってしまったカクテルをチビチビとすすって、時をかせぐしかない。
隣に座っているパートナーはといえば、そんな手持ちぶたさな私など気にかける余裕すらない。話に夢中だ。。。
久しぶりに会った、というカロリーネが引き金になって、次々と昔話に花が咲いていく。
話の輪に入れないほど、時間が長く感じられるものはない、と私は思う。
だったら、こうした仲間に入らなければよいではないか、と言われそうだけれど、パートナーの友人たちはみんなとても良い人たちだ。彼らとの関係を壊すほど私はバカでもない。
時間といえば、時計。
今日紹介するのは、60年代のPeterの美しい目覚まし時計。
Peterは、1866年にWilhelm Jerger がRottweiler Dorf(ドイツ)に設立した時計の会社だ。携帯電話が発達してしまったせいで、目覚まし時計も腕時計も必要とされなくなって久しい。そんなわけで、多くの時計会社と同じように、このPeterも時代の波にのまれてしまっている。
ネジを巻いて動かす時計は懐かしい。いや、新鮮だ!
ネジをキリキリと巻くと、結構大きな音で針が動いていく。昔はこんな大きなカチカチと鳴り響く時計を枕元において寝ていたのだろうか。
もちろん、私は秒針の音を聞きながらでも十分に眠れるが、繊細なパートナーは到底無理。。。
一度は寝室に置いたけれど、今はキッチンに鎮座している、目覚まし時計なのに。。。ちょっとその役目を果たせず、悲しそうにも見える。















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