今日の夜は、パートナーは親友と会うと言って出かけた。

1。親友って。

 

パートナーの大学以来の親友で、私も実は彼、そして彼の家族共々よく知っている。

コンピュータやカメラなどの機器に大変強い人なので、何か困ったことがあればすぐに我が家や職場に駆けつけてくれる。本当に親身になって、心の心底から助けてくれるのが伝わって来る人だ。

パートナーに尋ねた。

 

 

「私たちが、本当に困った状態になってしまったとして、最初から最後まで助けてくれる人は誰だと思う?」

 

 

すると瞬時にパートナーは彼の名前を挙げた。

本当に上っ面ではない付き合いのできる人だと思う。

 

地味なのだが、ローズマリーも実は満開。聖母マリアのマントの色に染まった、という由来がある。我が家では、しばしば使われるハーブの一つ。

地味なのだが、ローズマリーも実は満開。聖母マリアのマントの色に染まった、という由来がある。我が家では、しばしば使われるハーブの一つ。

 

私は、親友と呼べる人が残念ながらいない。

女性は、結婚や子育てなど友人関係より優先しなくてはならないこともあったりして、親友という関係を続けにくい、と何かの本で読んだ。そうかもしれない。。。

私は、父が転勤族だったので、2〜3年の周期で学校を転校し、いつも友人がやっとできたかと思ったら、次の学校に移る、を繰り返してきた。それも親友ができなかった理由なのかもしれない。

パートナーとその親友を見るたびにうらやましくなる。

 

こちらはタイム。大変可愛い花をつける。フライパンにバターを溶かし、そこにタイムを入れ、香りがでたところで、茹で上がったジャガイモを入れる。簡単だけど、高級レストランの味わいになる。

こちらはタイム。大変可愛い花をつける。フライパンにバターを溶かし、そこにタイムを入れ、香りがでたところで、茹で上がったジャガイモを入れる。簡単だけど、高級レストランの味わいになる。

 

 

2。ドイツの人間関係って、ドライ?!

 

 

その親友は今、離婚の危機を迎えている。

大学時代からのつきあいだった彼女との間には二人の年頃の娘もいる。事態は深刻のようだ。

しかしこういう時、男同士の親友というのは本当に気持ちが良い。

変になぐさめたり、愚痴を話したり、おかしなカウンセリングなどを一切しないのだ。もちろん、夫婦の仲に修復しがたい亀裂が入っているので、頻繁にパートナーと会っているのは事実だ。

だけれど、「会う」ということがすでに親友への慰めやカウンセリングになっているらしく、彼らは新発売のカメラの機能の話をしたりして、食事をして楽しんでいるようだ。

パートナーも親友から夫婦の話が出るまでは、一切それについて自分からは話を切り出さない、と言う。

 

ドイツの春は一斉に咲く花でとても美しい。しかし、今日も時に吹雪くほどに雪が舞った。

ドイツの春は一斉に咲く花でとても美しい。しかし、今日も時に吹雪くほどに雪が舞った。

 

これが、女性同士だったら・・・

したり顔で話を聴いた挙句、「まぁ、かわいそうに。。。」と半分以上他人事で終わってしまうような気がする。(もちろん、真摯に向き合っている親友同士もいらっしゃることは百も承知だけれど。。。)

 

こちらでは離婚や別れ話は、残念だが日常茶飯事。

主張が激しいこちらの人々は、初めのうちこそネチャネチャとお熱い(皮肉っぽいが、本当にこの表現は当たっている。)が、冷めると一気に急速冷凍状態になる。

女性の多くが仕事を持って自立していることもあってか、話は早い。いやな相手とはサッサと別れるに越したことはない、と何ともドライだ。

あまり合わない友人がその都度違うパートナーを連れてくることもままあって、対応する私の方が冷や汗をかくこともあるくらいだ。

 

しかし反面、別れてからも案外良い関係を持って接している人たちも多くて、そのあたりはドイツ人の大人の対応に感心することしきり。

パートナーのあるイタリア人の友人は、毎年自分の誕生日に前の奥さん、前の彼女。。。などなど過去の女性を全て招待する。そして現在の彼女ももちろんそこには同席しているのだが、問題が起きるどころか和気藹々な様子に、こちらに来たばかりの頃、私はかなり衝撃を受けたことがある。

そのイタリア人は、言う。

 

「別れたからって、いきなり他人になる方がおかしいでしょ。。。」

 

まぁ、そう言われればそうだけど。。。

 

Streichholzschachtel

 

今日の紹介

 

マッチ立て。

マッチなど使うこともなくなって久しいが、昔はどこの家にもゴロゴロするほど、宣伝用のマッチが転がっていた。私の母などは、父の帰りが遅かったら、必ず背広のポケットを確かめて、スナックやらバーのマッチを見つけて怒りを爆発させていた。

 

そんな時代はもう終わった。

 

Streichholzschachtel

 

 

これは多分だが、レストランとかのテーブルに塩やら故障やらの調味料入れと同じように、各テーブル上に置かれていたのではないかと思う。真鍮製でシンプルな作りだ。

家庭用にもこういうマッチ立てはあり、それらの中には、シルバーで、作りも美しく精巧な彫り物などがしてあるものもある。

マッチ箱を挟み込むだけの簡単な作りだが、マッチ箱を裸で置いておくより格段素敵だ。昔の人たちは、こうした何気ないものにも執着を持ち、丁寧に暮らしていたように感じる。

 

 

Streichholzschachtel

 

経済的に独立できるという理由で堪え性なく、別れてしまうというのは本当に悲しい。もちろん、本人同士にしかわかり得ない事実や思いもあるのだろうけれど、捩れてしまった絆を丁寧に解きほぐして、再起を図ってほしいなぁ、と心から思わずにはいられない。

 

それにしても帰りが遅いなぁ。。。またおしゃべりなパートナーとあの何にでも講釈が必要な彼のこと。周囲にも時計にも目をくれず、話し込んでいるのだろうなぁ。。。