今日は、歯のクリーニングの日。
私は医者嫌いなので、こういう日は朝から何となく体調がすぐれないような気がしてしまう。
風邪をひいていることもあって、パートナーに言う。
「頭が痛いような気がするし、今日のクリーニングの予定をずらしてもらう!」
パートナーは、私の「病院に行きたくない病」を百も承知なので、
「その手には乗らないよ!」
と相手にもしてくれない。
というわけで、半年に一度のクリーニングに出かけた。
所要時間は1時間。
とにかく、口を開きっぱなしにして、巨体の歯科衛生士さんに覆い被される。
「痛かったり、つらかったりしたら言ってね。」
言えるはずないのだ、口には、シューシューと音がする器具が突っ込まれているし、私の左の腕の上には何かよくわからないが、シャーレのようなものが乗っかっている。右の腕はといえば、歯科衛生士さんのダイナマイト級の胸がおしつけられている。
声を出そうにも出せない、腕を上げてサインを送ろうにもどうにも動けない。
これで、どうやって不都合を訴えろ、というのだ。
つまり、辛くても、苦しくても我慢せよ!というサインなのだ。
だいたい、私は歯磨きをたんねんに行っているので、半年に一度もクリーニングをする必要はないのではないか?と思っている。歯科衛生士のお姉さんも、私の歯磨きの正しさに惚れ込んでいるはずだ。(言い過ぎかな。)
もちろん、歯周病にかかって歯を失うのはいやなので、病院からお知らせの来る、半年に一度のクリーニングはかかさないが、1時間もガリガリと鋭い器具で歯の周囲を削られるのは気持ちの良いものではない、そして痛い。
しかし、歯と舌のクリーニングが終了したら、この文句たらたらの気持ちもすっきりとクリーニングされてしまう。
痛みは残っていても、口の中がとても清潔になった感じはやはり気持ち良いのだ。
威圧感たっぷりに見えた歯科衛生士のお姉さんも、かわいい笑顔で接してくれる。
そして、お土産に歯磨き粉と歯間ブラシを私に手渡しながら、
「それでは、また半年後に連絡するわね、いいわね?!」
「いいわね!」の部分に十分圧力を感じるが、きれいになった気分の良さと、お医者から解放される気持ちが相まって答えてしまう。
「もちろん!」
家に戻ると早速パートナーにいう。
「歯をきれいにしてもらったら、何だか晴れやかになるわぁ〜」
パートナーは無言。
なんだよ、お前、あれほど行きたくないだの、行く必要がないだの、と文句を言った口がかわかないうちから。。。と冷ややかな目で私を見ている。
今日の紹介は、第二次大戦中から戦後にかけて使われた救急バッグ。中身は使ったはしから補充されたので、時代にばらつきがある。
バッグは皮革製で、大変しっかりした作りになっている。このバッグだけでも、十分おしゃれに使える。
中には、包帯などの救急の用具が個別に包装されてつまっている。この包装で時代がおおよそつかめる。
どれだけの人たちをこの救急セットで助けたのだろうか。時にこんな初歩的な救急セットでは到底間に合わず、悲しい思いもいっぱい詰まっているようにも感じる。
この救急セットが、多くの人を助けて、生きる希望を与えてきたと思いたい。
小さい頃転んで怪我をすると、たとえそれが小さな傷でも包帯を巻いて欲しかった。
母は、赤チン(赤いヨードチンキ)を取り出してくる。
赤チンはひどくしみるが、そんなことで「痛い!」と泣き言をいってしまっては、余計にしかられるので、ひたすら怪我をした膝小僧を両手でガシッと掴んでは耐えたものだ。
そして、怪我が治ってもなぜだか、赤チンの色は薄く残ったままだったようにな気がする。

















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