まだ私が小学校に上がらない頃、夜になると母は、姉や兄の学校で使う鉛筆を小刀できれいに削って明日に備えた。夕食が終わると、テーブルの上に古新聞を引き、そこに先の丸くなった鉛筆を並べ、丁寧に一本ずつ削っていった。母は、手先を動かしながら姉が九九を諳んじるのをチェックしたり、ちょっと手を止めて兄の漢字練習帳に目を通したりした。私は、母のそばにひっつくように座って、そんな光景を見るとはなしに眺めていたような気がする。

母は、ただただ手先を動かし鉛筆を削る。そしてそんな時、母は私に必ず同じ話をした。

母のお父さん、つまり私の祖父は、腕の立つ職人で、多くの弟子を持って毎日大変いそがしく働いていた。しかし、どんなに夜遅く帰って来ても、必ず朝には母の使う鉛筆は、きっちり同じようにきれいに尖って揃えられていたそうだ。時に早く家に帰った来たら、母の話を聴きながらゆっくりとゆっくり鉛筆を丁寧に削っていく。その鉛筆の削る音を聞くと、今でも祖父の存在身近にを感じられるのだと。

その話は耳にタコができるほど聴いたのだけれど、私は母には一度も

「もう、何度もその話聴いたよ」とは言わなかった。

なぜだかよくわからないけれど、多分私が一度も祖父を見たことがなかったからかもしれない。母が感じる祖父の存在を一緒に共有したかったのかもしれない。

 

私の小学校入学祝いは、電動鉛筆削り。

母が夜な夜な削った鉛筆を私は一度も使うことができなかったが、当時は母の削る鉛筆より、3秒ほどで尖りすぎるほどに尖った鉛筆の芯の方がかっこよく、「すごいや!」と思っていた。

 

今度、母の所に戻ったら、家にあるすべての鉛筆を丁寧に小刀で削って、あの頃の母がどんなに祖父を懐かしんでいたのかを感じたい。

 

ファーバーカステル社はドイツの南部、ニュルンベルグの近郊の町、シュタインで1761年に家具職人だったカスパー・ファーバーが鉛筆の製造を始めたことから始まる。1851年に六角鉛筆の規格が社内で作られ、それは今なお、スタンダードの鉛筆の形となっている。

 

 

鉛筆削り器 (1950年代)

ファーバーカステル社

h13,0 x 10,0 x d14,0 cm

ぼってりとした形は安定感がある。

ぼってりとした形は安定感がある。

きれいに尖った鉛筆がそろっているだけで、仕事がはかどるような気がする。

きれいに尖った鉛筆がそろっているだけで、仕事がはかどるような気がする。

コンピュータを使うことが多くなり、自分の手で書くことがなくなってしまったが、新しいノートに鉛筆で日記をつけようか、と思い立つ。

コンピュータを使うことが多くなり、自分の手で書くことがなくなってしまったが、新しいノートに鉛筆で日記をつけようか、と思い立つ。

後ろ姿も凛々しい。

後ろ姿も凛々しい。

 

 

 

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